「あ!あった!!あったよ!!!やったよ、受かったよ!やった〜!」泣きながらそう叫んだ。僕は第一志望の麻布に合格したのだ。それでは僕の受験日記をつづることにしよう。
3年生の11月のことだった。「受験してみない?」・・・母のこの言葉を受け入れた瞬間、僕の受験は始まった。早速近所の塾に入会し冬期講習から受験勉強が始まった。
4年生当時、通っていた塾に同じ学校の友達が入ってきた。それからは友達3人と楽しく過ごしていた。マンスリーテストでは、満点をよくとっていた。でも、そのころは志望校など、まったく決まっていなかったが、ただただ勉強を楽しむばかりの毎日だった。
5年生になると塾は進学コースと受験コースに分かれるため、僕は別の駅にある教室まで通うこととなった。こうして5人の仲間のいるクラスへ入った。この5人とも楽しく過ごす2ヶ月だった。
さて、僕の2回目の春期講習が来る頃、家のすぐ近くに hotline ができた。そして4月にはみんなとお別れをして hotline に通うこととなった。これがきっかけでそれからは、麻布を目指して進むこととなった。
hotline での授業によって、自分に大きな転機がやってくる。記述嫌いの僕は、当時30字以内でまとめるような問題にあたると、すぐに机の下にもぐりこむほど嫌いだった。机の下からなかなか出て来れないこともあった。でも hotline の個別指導によって、自分と先生だけの授業でわからないところを完全にサポートしてくれるため、徐々に自分に変化が表れた。たぶん、この授業によって記述嫌いが記述大好きになったんだろうと思う。
そんな自分も hotline での楽しい過ごし方があった。6年生の夏、母がザリガニをお祭りでもらってきたのだ。それがきっかけで僕は hotline の飼育部長という大役を任された。この大役は今も続いている。ぜひ、皆さん教室のザリガニをもらってください。
さて、最後に僕を合格に導いてくれた hotline の3人の先生について書こう。秋元先生、古山先生、福井先生、どの先生も厳しい先生だったが、わからないところはわかるまで教えてくださった。秋元先生の算数の授業では、好きな算数がさらに得意になった。また、古山先生の理社の授業では、社会の記述力と理社の大量の知識が身についた。そして福井先生の国語では、記述力が麻布合格というレベルまで引き上げてくださった。きっと、この3人の先生がいなかったら、僕はどこにも合格はできなかったと思う。
また、こんなこともあった。入試直前の12月は本当に最悪だった。どんなに努力しても模擬試験での成績が下がり、挫折を味わうこととなったのだ。その頃は麻布の合格率は20%以下だったことを覚えている。それで志望校を変えようかと思ったこともあった。でも、自分自身で思いとどまり、麻布合格を目指して頑張ることにした。そして、先生方にも支えていただき、無事合格にたどり着くことができたのだ。
入試当日は前日に先生方に言われたことをよく思い出し、朝食をしっかりと食べ、持ち物を点検し出発。所要時間10時間の初日の入試が終わった。そして合格発表は2月3日の浅野の試験が終わってから麻布へと向かったのだ。広尾に着いた時は、もし、落ちていたらどうしようとか不安で一杯だった。麻布の中庭に入ったとき、その緊張はピークを迎えた。そこで番号を見た!「あ!あった!!あったよー!!受かったよ!やったー!」と、泣きながら叫んだのだ。こうして無事に麻布に合格することができた。
そんな僕は今、 hotline で中学の準備を始めている。夢をあきらめずに頑張れば、必ず合格できます。ぼくの受験はそんな受験でした。
<お母さんより>
「あった!」と叫ぶと同時に泣き崩れる息子。「麻布に受かりました。」と泣きながら hotline に報告する傍らで、番号を見間違ってはいないかと心配し、私は2度3度受験票と掲示板を見比べていました。
数分前までは、広尾駅から学校までの緩やかな上り坂を急ぎ足で歩く息子の後ろ姿と、すれ違う発表帰りの親子の様々な表情を交互に見つめながら、もし番号がなかったらどうフォローしようか・・・そのことで頭がいっぱいでしたから、現実をすぐには受け止められなかったのが正直な気持ちです。
合格発表を見る瞬間は本当に一瞬の出来事ですが、それまでに積み重ねてきたものは、どの受験生にとっても計り知れないものだったと思います。毎日の勉強、模試、ゲームやテレビ、マンガ等の様々な誘惑からの我慢。決して楽な道ではありません。良いときもあれば、うまくいかないこともあります。反抗期もあり、精神的にも身体的にも不安定な時期ですから、やる気をキープする為には、やはり親や塾のサポートが必要となってきます。
息子の受験勉強は、正直大変でした。(大変なのが当たり前かも知れませんが。)特に6年の夏休み以降、勉強をそれなりにこなしているにもかかわらず、思い描く模試の結果が出ない辛い時期が続きました。「あと100日!」「あと90日!」入試の日は、容赦なくどんどん近づいてきます。
ある日思わず弱音を吐いて、志望校変更を口にしました。え?!と一瞬とまどいましたが、無理強いしても返ってマイナスになると思い、息子の意志に任せました。
しかし数分後、「やっぱり麻布・・・」と息子。やはり、麻布への夢はそう簡単には断ち切れないようです。
落ちるのを恐れて受けなかったら、この子は一生後悔する。こうなったら、落ちても本望!と堂々と言えるくらいのことをやるだけやって、受かっても落ちても今後の彼の人生にプラスになる受験をしよう!そう心に刻んで冬休みに突入しました。それ以降は、親も驚くほど息子はポジティブに変身しました。(寝ているときの夢もポジティブでした(笑))苦手な朝も自分で早起きして、登校前に過去問を解いていくなどの猛チャージをみせました。
夢叶い、晴れて合格を手に出来たことは、本当に幸せなことです。しかし、息子のように、または息子以上に努力を重ねたにもかかわらず、涙をのんだ子もいたことでしょう。
息子には、自分自身に健闘を称えると共に、涙した受験生の存在も心に留めておいて欲しいと思います。そして、麻布の6年間を大切に、部活や勉強に励み、将来の夢に向かって羽ばたいて欲しいと願います。
hotline について
hotline には、開校と同時にお世話になりました。先生方をずいぶんと手こずらせたようですが、ねばり強く、辛抱強く、明るく楽しくご指導して頂きました。ありがとうございました。
hotline の先生方は、子どもの先回りをして至れり尽くせり・・といった指導はされません。手をすぐには出さず、見守っていらっしゃいます。これは単純に合格するためだけが目標ではなく、その先を見据えてのお考えだと思います。説明会・フォーラム・メールマガジンなどの内容からも、この事がうかがえることと思います。
私は、「親が言ってはいけない一言」を言ってしまう所が多々あり、先生からこういったご指摘を受けると、心の中でしまった!と頭をかいております。子どものことで一生懸命になるあまり、親は暴走してしまいがちになります。(私だけかも知れませんが・・・。)子どもの様子を見ると鋭く察知されるようで、お電話なりメールなりを頂戴して親もご指導頂く・・・こういったことも数知れずありました。
hotline は、授業だけでなく授業以外の細かなサポートが魅力の一つです。先生と子供と親のコミュニケーションを充実させ、上手に利用されることをお勧めいたします。
うちも駆け込み寺としてお世話になりたいと思いますので、今後ともよろしくお願いいたします。
2007年 春
<担当の先生から>
合格おめでとう。
hotline 入会第1号生としてこの2年間、様々なことに興味を示し、好奇心いっぱいな少年として、受験勉強を超えて、数種類の生物の飼育などいろいろな足跡を残してくれたN君でした。自宅が近いこともあり、滞在時間は私より長かったのではないでしょうか。
算数に限って振り返ると、複雑な条件を頭の中でどこまでもひも解いていこうとする態度と能力には感心していましたが、指導した、式や概念図を駆使しながら条件を書き出して解くという姿勢が、数学に発展してさらに役立つはずです。
君の旺盛な好奇心が数学を助け、その数学の力がさらに君の世界を広げてくれると信じています。
算数担当 秋 元 一夫
合格おめでとうございます。
2年間国語を一緒に勉強しましたね。始めの頃は我慢比べをしているようで、「考えがまとまるまでいつまででも待つよ」と何度か言ったこともありました。
手探りだったけれど一段ずつ階段を上り、苦手意識のあった国語を「好きになった」と言ってくれました。
この合格を共に喜び、誇りに思います。
国語担当 福 井 順 子
<塾長より>
合格 本当におめでとうございます。そして、この合格の鍵は熱心なお母さんの家庭学習のサポートと、どうしても麻布に行きたいという本人の頑張りが花開いたからだと思います。思春期に入り、徐々にお母さんの言うことに反発も増え、お母さんもさぞかし悩まれたことと思います。しかし、誰よりも怖いのもお母さんでした。鶴の一声の如く、お母さんの一言で彼のエンジンによくスイッチが入ったものでした。
また、お母さんの知らない世界が hotline にはありました。彼は自学自習のできる子でした。授業のない日も、ほぼ連日 hotline に来て、日々の課題に取り組んでいました。そして、その合間にザリガニの面倒を見て、歴史マンガに読みふけり、あるいは友達とのコミュニケーションと、本当に hotline の主と言った感じでした。 hotline とともに受験が始まり、そして巣立っていったように思います。
これからの6年間は、さらに彼の好奇心も膨らんでいくことと思います。今度は次の大きな目標に向けて、将棋部でも実力を発揮し、有栖川公園の生きもの達とともに、成長して欲しいと願っています。